『  旅の召使い
―その手を掴むもの―
      前編        』
  


  




とろりと照り輝く琥珀色の鳥の肉塊は
ランプの光で
いっそう色味を増している。

丁寧にそれをを切り分けた給仕は
黒髪の男の軽い仕草で
部屋から出て行ったが
おそらくは部屋の前に
控えているのだろう。


ほかの給仕と話す
小声が聞こえてきている。


「旅行客がそんなに珍しいのかしらぁ〜?」

とつぶやきながら、
甘いデザートの類を口にして
ララーは首をかしげて見せた。

顔は微笑んでいる。

それは暗に、



当然珍しいに違いないけど、



との確信めいた微笑だった。


「ちょっとララーさん!
デザートは最後に食べ・・・」

とライジアが口を挟むと
向かいの席に座っていたエレンガーラが
すばやく目の前のゼリー状の甘味を
むしり取り勢いよく食べ始めた。


ほとんど見えなかったが、
両手にナイフも持たないところを見ると
手でつかんで食べたらしい。

その横で、眉間にしわを寄せるナイルが、
淡々と目の前に盛られた食事を片づけている。




味わって食べているのか…な?



いつもその様子を見かけては
「味わう」より「片付けている」
のほうが当たっているような気がする
ライジアである。

彼女の右側には、剣士でいくぶん騎士っぽい
しかしどこか雰囲気は年老いて見える
若い黒髪の男がおり、
やはり淡々と食事を始めていた。


そしてもっと右のほうを見ると、
本来身分の高い者か
もしくは家族団らんで座るとするなら
父母がいる場所に
いつもならその位置に必ず座っている領主と
いつもなら絶対座っていない
絶世の美女がいた。


お似合いではある。



ライジアは目の神経に力を集中させ
その様子を観察してみる。


自由に目の前のものを
平らげていく
金髪に新緑の瞳の領主。

とはいえ彼はこの旅では
自分が領主だ、などと
名乗る気は全くないらしい。

それがどこか、
いつになく領地では見られない
独特の奔放な食べ方に
現れている。


たしかに綺麗に食べてるんだけど
どこか違うな・・・

あ、肉を素手でつかんで食べてるの
領地では見たことなかったかも・・・


とライジアの観察はつづく。

そして
それをとなりで不思議そうに見つめて
いまだ食事に手を付けない
召使いにふさわしくない佇まいの
優し気な美しいひと。

彼女に視線を向けると、
なんとなく眼の疲れが癒されている
ような気がする。

宿の簡素な照明ですら
このひとを一つ違った領域へ
輝かせてしまう。

そして色が白くか細げな雰囲気を
持ち合わせている彼女は、
顔をふとこちらに向けた。






「ライジアは食べませんの?」






声をかけられてライジアは驚くと
盗み見をみつかった子供のように
恥ずかし気に顔を赤らめた。
ちょっと観察していたことを
申し訳なく思って
目の前にある肉塊をしげしげと
眺める。



こんな巨大な肉塊は
館では一介の召使いには
ふるまわれない代物だ。

頭では理解してはいたが、
おもわずごくりと唾をのんだ。



「あたし・・・こんなの食べきれるかどうか・・・」

「客人が遠慮するのは
礼儀としては良しとしないわ。
少なくともここではね。」



ナイルがさっと口をはさんでは
再び静かに食べ始める。



「こちらの食事は味が濃いな・・・」




と、エルゼリオがつぶやくと
答えるようにフォーンデルが


「このあたりの豊かな川は
サンザサ山脈の水から成っている。」

と事務的に答えた。

「お前の領地側のあの山だ。」

その言葉が発せられたほうに
視線を少しだけやって、
再び目の前の肉塊をほおばるエルゼリオは
少しだけ肩をすくめてみせた。

「そうだったかな。」


そのあいまいな受け答えは
かなり自由な雰囲気を持って
テーブルに座る者達に受け取られる。


概ね領主は「領地のことは理解している」はずであるし、
「そうであるべき」とする雰囲気は
城ではあった。

それは当然ながらフォーンデルの領地内でも
同じことである。
おもわず眉間をぴくりとさせた彼は
食事の手をとめると


「お前は・・・領主としての・・・」


と押し殺したが、
それを受けたエルゼリオはすぐさま






「少し黙れ、フォーンデル。」






と腹に響く低い声で制した。

当然ながらその声は、
テーブルを囲む者たちを
ぎょっとさせたが、
一挙に視線を集めた先の
当の本人は他人事のように
涼しい表情でいる。


少し微笑んでいるくらいだった。


「ここの給仕は、思いのほか
噂話が好きらしい。
お前の声は響く。
それに俺は、
一応身分を偽っているんだぞ?」

彼はすっと持っていたナイフで
扉の前を指し示してみせる。
楽し気に肉塊をほおばっていたが、
目ではこう言っていた。



「領主の【り】の字すら口にするな」



今度はフォーンデルが肩をすくめてみせる番だったが、
「本当に偽っていけるのかなぁ」
とライジアは疑問に眉をひそめながら
耐えきれなくなって目の前の肉塊を
ほおばった。


「うわ〜おいしい!」


あ、でもやっぱちょっと味濃いな…


と理解したのは三口目からである。

これは全部食べ切るころには
水をたくさん飲んでしまっていそう・・・

「そうなのよね〜ちょっと味が濃いのよね。」


とララーもつぶやきながら、

「ちょっと見てきた浴場もねえ、
なんか湯量が少なかった気が
するのよねえ。」

と困った顔をしてみせる。

早々と宿に文句を言い始める黒髪の女性に
フォーンデルは今後の旅の困難を
予想しながら、
やれやれといった風情で野菜を口に入れた。

彼の表情を読んだララーは
つい一言物申したくなる。

「ちょっと、そこのお兄さん!
女性陣の玉のようなお肌を守りたいんだったら
お風呂がお湯くらい気をつけなきゃ
だめよお。」

ララーは
笑いながら甘いデザートをすました顔で
口に運ぶ。

「それは重要だ。とてもとても重要だぞ。」

とエレンガーラも口にほおばったものを
飛ばしながらうなずく。

「お前まだその癖抜けてないのかエルガ。」

とは、エルゼリオの苦笑の混じった声である。


「お前、あの砦でもそんな食い方して
俺が毎回直したの、忘れたのか?」

エルゼリオの問いかけにエレンガーラは
口をもぐもぐとさせながら

「*?‘&%$#”1‘:+>」

と答えたが、概ねテーブルの面々には
意味がわからない。

「わかったよ。食ってから話せ。」

とエルゼリオは再び肉を口に
運んでいる。


しかし彼の言葉のはしに反応し


「砦・・・お前それはディム・レイの・・・」

と、唐突にフォーンデルが思い出すのは
メルビル子爵の一室で
エルゼリオが話したディム・レイへの
【彼の友人の旅】の一端である。

砦の奇妙な恩人がいた



そういえば銀髪。
そしてどこかつたない言葉。


一方完全に客人として
一行の中にいるエレンガーラは
女性の玉のお肌に関して
特にフェイティシアを眺めながら
しきりにうなづいているだけだった。

おそらくエレンガーラには
フォーンデルの言葉は
耳に入っていないだろう。


ディム・レイと聞いて反応したのは
ナイルとフェイティシアである。

だがそれも、無言の反応であった。

この場でどう過ごすべきか、
果たして領主の友人に問うべきか、
召使いであった二人は
静観している。


ナイルとフェイティシアはそれぞれ
エルゼリオへと視線を向けたが
領地内では領主に
ディム・レイでの旅がいかほどのものだったかを
個人的に聞くのは、当然はばかられていた。

ナイルは静かに食べ始めたが、
フェイティシアには迷いがある。



だからといって、今聞くのも・・・



とフェイティシアは目の前の食事に
視線をさまよわせ少しまつげを伏せる。

その仕草はずいぶん憂いを帯びていたので
彼女の玉のお肌を鑑賞していた
エレンガーラは思わず

「フェイティシアさん・・・その肉が、悲しいですか?」

と意味のわからない言葉をつぶやく。

「その肉は牛ですか?
悲しい牛は、食べるのをやめる。
エルゼリオもがんばったのです・・・。」

と、静かに言うと
そっと彼女の前に
丁重に自分の甘いデザートの乗った
皿をよこすのだった。


驚いたフェイティシアは目を見開く。


おそらく自分とエルゼリオがかつて
共有した思い出を、ディム・レイにいたエルゼリオが
エレンガーラに話したのだ、と
素早い理解を示した。


しかし思わず
左のエルゼリオを見つめると、
「まだ覚えてたのか。困ったな」とそっとつぶくと
微笑んでフェイティシアを見つめる。



ちょっといたずらが見つかった
子供のように恥ずかしそうな表情を見せた。


「少し思い出話をしたんだ。
ディム・レイのあの砦には、話題になるようなことは
何もないからね。」

彼は視線を皿の上の肉塊に
再び落とし、
それを丁寧に切り分けて口に運んだ。


「あの場所は空気が乾いていて
寒かったが、ここは温かい。
砦には風呂も無かったが
この宿にはあるだけでも
十分だよ。

ただこの国内で、ご婦人方の【玉のお肌】を守るためには・・・」


そのあたりで、思わず
その言葉と領主であったある種の威厳のあった
エルゼリオの差に
耐えきれなくなったライジアとララーが
噴き出して笑い始めた。


「ちょっともう、だめ。その言葉言わないで。
なんか偉い人のイメージが崩れちゃう!」

とララーが持っていたフォークを横に振ると

「だから偉い人だとか、
ここでは言っちゃダメですよ。
ご婦人。」

と苦笑いでエルゼリオは口の前に
人差し指をあてて見せた。

「ご婦人方の肌を守るためには
水のことは気に掛ける必要があるな。
だろ?フォーンデル。」


思わず話題を振られて
困惑する黒髪は、目を見開いて
ナイル、ライジア、ララーを見つめる。

食事中とはいえ
心なしか彼女らの体から
闘志にも似た無言の圧力を感じる・・・。

そしてあの麗しい、女神のような女性
フェイティシアに目を向けると
出てくる言葉はただ一つ。
つばをごくり、と飲み込むと



「ああ。・・・そうだな。」



という了解しか出なかった。


すると女性陣もいささか表情が明るさを
取り戻し、ララーとライジアの食が
さらに進み始める。


しかしナイルは淡々と



「私たちが入る前には
あの浴場はきちんと磨かせてもらいます。」



と早々に妙な仕事を買って出た。

どうも召使いの日課と、
この宿のいささか雑な(?)清掃が
気に食わなかったらしい。

「この宿の清掃係に取り次いでもらえますわね?
フォーンデル様。」

といささか威圧的な声でもって
宣言したので
その声を戦闘の合図と
脳内で間違えそうになったフォーンデルは
剣が別の場所に置いてあることを
忘れてつい、柄がある脇腹のあたりを
手で探ってしまう。

剣もなく、戦闘の合図でもないと
気づくまでは一瞬だったが

「・・・わかった。」

とうなづいた。

「しごと熱心なの、体に毒よお?」

とララーはつぶやくが
綺麗な浴場には入りたいので
その後は何も口を挟まない。


ライジアはそろそろお腹一杯になり
もうこんなに食べきれないと
腹に手をやると、
似たような仕草をしている
エレンガーラと目が合って
二人は笑顔で目をしばたいた。


当然エルゼリオもすでに
ナイフを置いて一息つき口を拭うころ
隣のフェイティシアが
ほとんど何も口にしていないのに
思わず天を仰ぐ。

彼女の皿の上には、
野菜と2.3個の木の実が
置いてあるだけだった。



そういえば、
彼女が何か食べている
様子をエルゼリオはほぼ領地で確認したことは
ない。

領地の室内での作法は
執事や召使いと領主がともに食事をすることを
認めてはいない。
召使いは給仕を横で行い、
領主はテーブルに着き
食べる。

召使いの食事を知らないのは
当然領主の部屋と
召使いの部屋が分かれているためでもある。


エルゼリオが思い出す記憶の中で
フェイティシアが何か食べていたのは
彼女が乳母としてそばにいた
遠い昔のことであった。

が、それももう一人の乳母の存在によって
共に食にありつく、
という状況は数えるほどしかなかった。

数回は召使いの食堂、厨房そばに訪れたことも
あったとはいえ、
殆ど領主が訪れる場所としては
不向きとされている。

エルゼリオはふと目の前にあった
果実の盛り付けを無造作に
手で取り口に運びながら
少年時代の記憶を呼び覚ましている。


あれは領地から離れた聖地寄りの山脈近くの
小さな村に彼が忍んで
行ったときのことだった。

理由はフェイティシアで
誘拐された彼女が戻ってきた後、
しばらく彼女を預かった香草師の
場所へ行ったときだった。




あの時は、確かに一緒に
フェイティシアと食事をしたな・・・



エルゼリオのかすかな微笑みに
テーブルを囲む面々で気づくものはいない。

あの場所も館ではなかったからこそ
召使いのしきたりもなく
食事ができたのだろう。

あるいは香草師の老婆が
変わり者だったからかもしれないが。


しかしなんにせよこの場所は
自分の館でもない。


すでに領地から遠く
しかも隣の子爵の領地であって
自分の領地ではないのだ。

自分が領主であっても
土地の法は他の領主のものだ。
それ以上に


「旅人は気ままに行動すべきだ。」


とエルゼリオは口に出してみせると
さっと少し遠くの皿に盛りつけて
あった果物を右指でつまむ。

その声が自分にかけられたかどうか
わからないままフェイティシアは
隣のエルゼリオがつまんだ
果物の行方を視線で追った。

が、彼の右手で捕まれた
一口ほどの大きさの果物が
自分のそばまでやってくると、
彼女は驚いたように目を見開く。


エルゼリオは
フェイティシアの唇のすぐ前まで
果物を持っていくと
左の肘を無造作にテーブルに置き
その手に顔を預け
彼女の様子がよく見えるような
態勢をとった。

彼の顔にはいたずらっぽい
微笑みが浮かんでいる。



「まだこの宿が領地で
自分が召使いのままだと
思ってるの?フェイティシア。


口を開けて。」


その一連の仕草から言葉に至るまで
テーブルについた面々は思わず
赤面したり
目を見開いたり
お腹一杯で眠気を覚えて見逃したり、
怒りを覚えたり
慌てて無理無理と唱え始めたり、
ほらきたやっちゃえと思ったりしたが
彼ら全員の意志として



フェイティシアもまっとうに食事で
腹を満たすべきである



ということが一致していたので
まるで声が出ない。

しかしテーブルに着いた面々の中で
最も赤面していたのは
ほかならぬフェイティシア本人であった。

この場に一番不慣れでいたのは
自分なのだろうか?

と一瞬彼女は不安を感じる。


当然のことながら彼女にとって旅は
領主の下で働き始めた幼いころから
ほとんど初めてであった。



旅に作法があるわけではない。



それがかえって、
彼女を混乱させる原因の一つではある。

ただ目の前の彼が領主であり
自分は召使いであることは
当然変わりないと判断すれば
礼儀として彼の提案を
断るのは召使いとしては
おこがましい。


彼女は大きな瞳を潤ませると
そっとやわらかい唇を開いて
エルゼリオの指から果物の一端を
口に入れほおばった。

一瞬、つまんだ指が彼女の舌に触れた
感覚をエルゼリオは満足そうに
感じる。

しごく当然かつ、手慣れたしぐさで
その指を自分の口に運んでなめとった。


横でそれを凝視していた者たちは
思わず絶句する。
しかしここは何か騒ぐべきでなく
第一に優先されるべきは


彼女に何かを食べさせること


なのであって、思わずいろいろな感情を
押しつぶすあまり
怒りを覚えても黙って食べ続けたり
酒をあおってみせたり
なんかすごいことがあったけれどお腹いっぱいで見逃すことにしたり
テーブルの上を連打しながら何故か悶絶したり
やるじゃないと思ったりしてしまうのだった。


「もしかして・・・」

とエルゼリオは彼女にしか聞こえないくらいの
声の大きさで二つ目の果物を素早く指でとる。


「俺が食べてって言わないと、
何も食べないつもり?」

そう言って再び彼女の口の前に
今度は違う果物を差し出してみせた。



それがあまりに素早い行動だったので
フェイティシアも断る機会を逃している。
いや、むしろこの場で断るべきなのか
それすらも判断に悩む隙すらない。

彼女がさらに赤面して
唇を開くと
彼はいつになく満足そうに微笑む。

なんなく二つ目を口に入れることに
成功した。
彼女が慌てて咀嚼している間に


「俺が領主だった頃が恋しいの?
フェイティシア。」


と、エルゼリオが次の獲物を探して
右腕を伸ばしたところで
フェイティシアの白い手が彼の腕に絡んだ。
彼女の瞳は切実で誠実な視線を送って

「エルゼリオ様は今もまだ領主のままです。」

と答えたが

「ほら、また領主って言った。」

とエルゼリオは捕まれた腕から彼女の
やわらかい手の感触を楽しんでいる。




声は幾分おどけていた。




「俺は一応、お忍びでここにいるんだから
その言葉は今後は言っちゃだめだから。」


そう少しだけむくれて、しかし微笑む。
右手をそっと彼女の頬に触れさせると
静かに撫でた。

「けど、そうだな。
まだこの場所で
召使いとして俺のいうことを聞いてくれるなら
もっとこの手で食べさせたいんだけどな・・・。」

エルゼリオはそう言うと、そっと右親指で
彼女の唇に触れる。

それを感じたフェイティシアはさらに頬を紅色に染めると
慌てて白い手で彼の腕を引っ張る。


「食べます・・・から」

「俺の手で?」

「エルゼリオさま!」

フェイティシアは少し声を大きくし、
それにちょっとあわてた表情で
エルゼリオの右手が彼女の唇をふさいで制する。
何故か子供のように慌てている彼に
彼女は少しきょとんとした。


「その名前も使わないでほしい。」


その様子に、お忍びで領主がいる
ということを考慮し始めた面々は
やっと栄養が脳内にいきわたり始めた。


「ま、確かに領主の名前ってわりと
みんな知ってるし、ねえ。」


ララーが困った風に「領主」の箇所だけ
外に聞こえないように小さくいうと、
楽しそうに
「つまりゲームね。」
とつぶやく。



「この場所からは、身分を、自分を偽るゲームが
始まるのよ。
別に召使いだ!て名乗らなくても
誰も知らないわけだし。
ああ、ということでご清聴の皆さま!

あたし、ただ今から
貴族のお嬢様になるわ。
ついでだから、ララーって名前もぉー変えちゃおっかなあ〜」



「は?」




ことの展開が速すぎるのと
全く名乗りたいものと、そのていがそぐわない
ララーの言葉に多くは面食らった。


確かにお忍びの旅、
とはいえお忍ばなくとも構わないうちの
一人にララーは属する。

もっぱらこの状況において
しのぶ必要があるのは
エルゼリオぐらいなものなのだろうか、
彼は再び苦笑せざるを得ない。

すると何か察したように
エルゼリオの左前に座っていた
フォーンデルが
お忍びの旅筆頭に視線だけ向けると
答えた。


「俺はフォーンデル。剣士のままでいい。」

と至極まじめに答える男につづき
エレンガーラの横に座っていたナイルが

「私はナイル。女剣士。」

と簡単に済ませたナイルは、少し間をおいて

「綺麗好きなの。」

と強調した。どうも先ほどの「浴場を洗う」宣言と
都合がつかないなと思ったらしい。
厄介なことになった、とため息をつき
再び黙々と食べ始めた。



「はい!わたしはエレンガーラ。
仕事は旅をするです。」

とつられてナイルの横の
エレンガーラは勢いよく手を挙げる。

「たまに歌も歌う。」

というと、突然今まで聞いたことのない言語を
話し始めた。そしてカンカンと皿をフォークでたたき始め
何やら大声で歌い始める。
その態度にテーブル上での
礼儀を重んじるナイルとフォーンデルは
面食らう。

つられて手拍子をしながら

「あたしの名前はライジアで、
仕事は召使い・・・でしたっ!今は・・・旅人です!」

と少し楽しそうに笑うライジアは
まだ召使いとしては
半人前であることは自覚しての
行動である。

ララーも禁止されていた酒を
久々にあおった勢いで
楽し気に手拍子をし始めた。


その様子にテーブルは一挙に
騒がしくなり、おそらく扉の前にいる
給仕の聞き耳も
テーブルでの内容は細かくは聞こえなくなった。
図らずしも、これで一同の大半は
自己紹介を済ませ
互いの名前を確認しあうこととなった。

エルゼリオはフェイティシアを見つめたままだったが
この話題
つまり身分や名前を偽ることをを
話す好機であるとは捉えた。

彼はしばらく黙って彼女を見つめていたが、
ふと思い出したように


「俺はそうだな・・・名前はエリオット。
数年前はディム・レイの戦地にいた。」

と答えた。



「!」



その名前に聞き覚えのあったフェイティシアは
かつて収穫祭の夜にあった出来事を思い出す。

あの時はそう、苦し紛れに彼女がついた
「彼が従弟」である
というその場の嘘に、
笑いながら彼は軽く了承した。

フェイティシアは
思わず恥ずかしさとともに思い出して、


「懐かしい・・・お名前です。」


と微笑むとそっつぶやく。

その様子に、この名前に関しては
二人の間には
何かあったのだなといろいろと察する者が
数名。

そこでフェイティシアははっとして
エルゼリオから視線をはずすと
丁寧に、そして皆の心がどこか
高揚しつつも癒されるといった
不思議に優し気な口調で



「私はフェイティシア。召使いですわ。」




と皆の前で名乗った。

すると何故かエレンガーラとライジアは
拍手をはじめ、
ララーもつられて「旅する召使いってわけねえ〜」
と酔って気持ちよさそうに手を叩く。


しかしそれも
突然のナイルの



「わたくし、お食事はこれで失礼いたしますわ。
フェイティシア。ちょっと。」




の声にかき消されると、
テーブルに集った一同は
急にぴんと張り詰めた空気となった。

なんとなく、この領主と召使い二人のこと
あるいはこの一同のことについて
もう少しこのテーブルで
知りたいという願望もあったのかもしれない。


「まだ食事は終わってない。」


と若干威圧を含めたエルゼリオに


「あら、この場所にはご領主もご身分が高い者も
いないんじゃありませんでしたの?」


とナイルが涼しい顔で受け答える。
その言葉は

「この場所に領主の権限がない以上、
誰が食事をどこでとるか、どうするかは本来なら自由だ」

という意味を含んでいた。


これは戦いがはじまるぞ?
という予感をライジアは感じて拍手をやめると
目がさえ始める。

それは
市場に紛れ込んでしまった
麗しい人魚には
それなりの食事が与えられるはずだったのに
猫の威嚇により
もはや木の実すら食べられないとなると
絶世の人魚の体調を気遣う
市場のおじさんの心中を察してしまうのも
無理はない

といった内容に
ライジアの脳内では変わり始めている。


エレンガーラはごちそうさまでしたと言うと、
満足そうに微笑んで立ち上がり
特に許可もとらずぶらりと部屋を出て行った。
もともとこの戦いに興味なしといった風情である。


ララーもそそっとデザート皿を持つと、
「じゃ、あたしはこっちで」と
こそこそと移動し始めた。


ナイルがフェイティシアのそばまで移動すると
エルゼリオがいささか機嫌悪そうに
顔をゆがめる。

「フェイティシアには何か食べさせなきゃだめだ。」

との言葉に、

「彼女はその前にゆっくり休ませるのが先決じゃありませんこと?
曲りなりにこのあたりは」


と、ナイルは目を細めてエルゼリオを見つめる。




「このあたりは彼女にとって負担をかける土地なのですし。」




その言葉に、エルゼリオはフェイティシアを見つめていた視線を
そらした。


フェイティシアもまた、視線をそらされてこの場所であったことを
ふと思い出していた。


「負担をかける土地とは…それは愚弄か?」


そこへ食事を終えたフォーンデルが静かに問いかけ、
ライジアとララーは思わず
「あっ、そう参戦しちゃうの?」
と慌てる。

ナイルは面倒くさそうに「こちらのことですわ」
と冷たくつぶやくと、フェイティシアを立ち上がらせ
どこかゆったりとできる場所を探し始めた。

「どういうことだ。エルゼリオ。」

とのフォーンデルの問いに
エルゼリオはナイルを止めようにも止める術なく、
むしろフェイティシアを休ませるのが確かに先決か、
と思案し、聞く耳を持たない。
召使いの体調管理は
領地では主に執事のロイドの仕事だった。

こういった旅となると、
誰かが彼女の体調を管理すべきなのか、
あるいは彼女本人の意志に任せるのが当然だが・・・



「エルゼリオ。」



フォーンデルの二回目の問いかけに
やっと気づいた領主は
「こちらのことだ。気にするな。」
と、少しばかりいら立ちを隠しきれずに
目の前の肉にフォークを指す。

「話したほうが、いいんじゃないのお?」

と、部屋の隅の窓辺においてある椅子に腰掛け
ララーはエルゼリオに呼びかけた。


金髪新緑の瞳の領主は、
旅も旅で厄介ありか、と
ため息をつくと、
ナイルとフェイティシアが二階の寝台のある階段へ
歩いていくのを確認し
手短にこのあたり、
即ち彼の領地の境であった
フェイティシア誘拐のいきさつを話し始めたのだった。




***********************************



「あなた、最近体調がお悪いの?フェイティシア」

ナイルはそっとフェイティシアを寝台の上に座らせると、
天蓋での暗さが邪魔にならないよう
そばに添えつけられていた壁のランプに
火を入れた。


この宿の部屋はかなり広々とした間取りだったが
四つの寝台が並べられている二階は
各々丁寧に天蓋があり
一人ひとりが寝る個室は
厚い布で仕切られていた。

壁際に片腕の長さほどの
小さな机があり
経典の一冊が置かれている他は
特徴となるものはない。

寝台の足元には、旅行鞄が二、三
積み上げられていた。


「先ほどの、領の境で倒れたこと、
少し聞きたかったのだけれど
機会を逃してしまったし。
まさかあの夕食のテーブルで、
あの頃の話をするのは
躊躇われるかと思ったの。」


と、ナイルは静かに彼女の隣に座る。


「今頃、かいつまんであの男が
話しちゃってるでしょうけど。」



フェイティシアは両手を膝の上で結んで、
ただじっと見つめている。
ランプの薄明かりが
神秘的だが曇りがちな彼女の表情を
映し出した。

「ごめんなさい、ナイル。・・・少し旅慣れなくて。」

フェイティシアはいろいろと戸惑いながら
確かにあの場所で、
当時自分が誘拐された話を
する気はないと確認する。

誘拐された後、彼女が館へ帰ってきてからも
執事のロイドがすぐに
フェイティシアを香草師のもとへ
やってしまい、
ナイルはロイドから追うなとも言われた。

その後
フェイティシアが香草師のもとから館へ帰ってから
ほぼ同年代のナイルが何度か聞いても
ほとんど答えない日が続いた。



ゆえに
初対面の人間に
フェイティシア自身が
誘拐された過去を持つことを
言うつもりが全くないことは
ナイルもよく理解している。



そして、フェイティシアも
ナイルが理解を示していることを
理解している。


誘拐された幼い少女に対する
噂話の内容は、
彼女本人が口を閉ざすことで
唐突に真実からかけ離れた
物語を提示し
被害者であるフェイティシアを
逆に混乱させもした。


フェイティシア自身が、誘拐直後に
多少混乱した様子を見せた時点で
本人も理解しえない状況が起こっているのに
さらに追い打ちをかける
心無い人々に
その事件のあらましについての
「話のネタの餌」を与える必要はあるのだろうか・・・?


ナイルも、あるいはエルゼリオも執事のロイドですら
その点については観察からよく理解している。

こういった尾ひれのついた
事件のあらましなど知らない人間の噂話を信じるならば
フェイティシア本人から聞く嘘のほうが
何倍か真実味がある。



そうナイルは考えている。


ゆえにこういった事件を
話すべき対象は
選ぶべきだというのが
当時のナイルやエルゼリオの出した答えではあった。




しかしよりによって、
あの誘拐、そして開放された土地を避けて
旅に出れなかったのかという
点にナイルは不満がある。


「少しって、あなたが旅に出たことは
ほとんど無いじゃない。
あの場所でも倒れたし、
初めてなんだから、無理はしないで。」


「・・・。ありがとうナイル。」

フェイティシアはふわっと微笑むと、
視線をナイルに向けた。

いつもなら領地では「ナイルさま」と呼びもしたが
彼女二人になるとこういった敬称は幾分
野暮ったいものとして
城内の人目にさらされる場所でしか
使われない。

その点、従者が集まる部屋などでは
ほとんど名前のみで会話が交わされた。
それが彼らの日常であって
領主の前にいる召使いの日常とは
いささか別なものだ。


「あの男、ここぞとばかりに貴女の隣に座ったけど
やっぱり駄目ね。
旅の最中は
領主ではないなんて言っても、
どこかで領主然としているし。
仮に領主でない「ふり」をするのなら
テーブルに着く場所は
各々が勝手に好きな場所に座るべきだわ。

結局慣れた風に領主として座ってしまってるなんて。」


「ナイルも浴場の磨かれ方が気になりましたの?」


思わずテーブルで行われたやり取りを思い出して
フェイティシアはくすりと可愛く笑う。
ナイルは「ああ・・・」といささか絶望した表情で
眉間にしわを寄せると
そのしわを指で伸ばしながら



「本当に駄目ね。何年も何年も仕事をしてくると
慣れたものに目が自然と向いてしまうの。

わかってるわ。
この土地のあの岩でできた床は、
ものすごーく汚れがたまりやすいの。

ほら、あの領地の別荘の風呂場の床、
あの床と同じ材質じゃない?
あのころは本当に手こずったわ。」



とひどくいやそうに思い出しながら
はっとして気づくと
フェイティシアに焦って微笑み返す。

ナイルの欠点は自覚してはいたが
フェイティシアの前だと
とりとめもなく自分のことを
話しだしてしまうことだった。

そうさせる何かが、
フェイティシアにもある。

ナイルは苦笑して



「わかってるつもりよ。
私も、貴女も、あの男ですら
まだ【旅慣れてない】ってことは。」



暗にフェイティシアが言いたかったことを
ナイルは端的に言い換えて見せた。

すなわち
領主であるエルゼリオが旅で「領主である」と行動するように
召使いのナイルも旅ではやはり「清掃を気にしている召使い」として
行動してしまうということ。


それと同時に、乳母である役目として長い
フェイティシアがこの言葉から
エルゼリオを擁護したのも感じ取った。


ナイルにとってはいつもの
『自分には面白くない
フェイティシアのエルゼリオに対する過保護な擁護』
であったが、
それがフェイティシアでもある。

「この旅では貴女は乳母でもないのよ。
フェイティシア。」


その言葉に
彼女は静かにナイルの瞳を見ると
少し胸の奥あたりがチリチリ痛むのを感じながら

「ええ。」

と静かに答えた。


「それでも・・・
この旅でエルゼリオ様の居場所が
少しでも心地よいものに
できるなら
私は自分を見失わないで
旅ができるんじゃないかしら・・・
そう思うの。」


そう呟いて薄く微笑むフェイティシアの瞳は
再び
膝の上で固く握った両手を
見つめている。

「やれやれ」とナイルはフェイティシアのその様子に
「私たちはみんな職業病だわ・・・」
とため息をつかせ、
フェイティシアはそれを聞いて
くすくすと二人でしばらく笑いあった。

それからすっとまじめな表情に戻ると
ナイルは

「水が足りない、なんてことは領地では
無かったけれど・・・。」

とつぶやく。

エルゼリオが治めるガーランド領は
山脈からくる水が海に流れ川を作る
非常に豊かな土地であった。

「私も気になりましたわ。
それに水・・・あと洗濯。」

「そうね。」

「ここの宿の人達、少し服が汚れていましたし
本当は近くに湖があるというけれど
何かあったんじゃないかしら・・・」

フェイティシアは膝上から視線を
ナイルに向けたが
それはとても真剣な面持ちだった。

「・・・。」


ナイルは「そこまでは見てなかったわ。」
とため息をつき、彼女の瞳の中に宿る
不思議な光に酔いしれていた。
彼女は昔から、
どこか違った場所を見ている。

それが執事のロイドの目にとまり
領主の乳母となったのかも
しれないとナイルは考えたことが
何回かあった。



けれどもだからといって
誘拐された領地の境界付近に足を踏み入れて
彼女の精神状態が安定したままかどいうと
それは怪しいと
ナイルは思っている。

人と違うものを見れる能力と
かつてあった災難を受け流せる能力は
別のものだというのが
ナイルの考えである。

それが、先ほどのフォーンデルの目の前での
フェイティシアの気絶に
現れたのでは?

「本当に、あの場所を通るべきでは
なかったのかも・・・」

とナイルは爪を噛む。




一方でフェイティシアの胸中では
誘拐の記憶よりは
旅に出る前の白昼夢、
あの銀色の髪の男の姿のほうが
気になっていた。

だがそれはあまりに朧げで
彼女は誰に言う必要も、
言ったところで解決しない
夢のようなものだと思っている。

そんなことにまさか、自分が気絶するなどとは
到底信じられなかったが
うまく説明できない自分を
彼女は恥じた。


「あーのー」

と、目の前の天蓋の布が揺れて、
ちいさくライジアの声が聞こえてきた。

「ここ、どうやって開ければいいのか・・・」

「ライジア・・・。」


ナイルは、はあっとため息をつくと、
少しいらだたしげに立ち上がり
さっと天蓋の布を引き上げた。

ライジアの手には銀の大きめの四角い盆、
その上にたんまりと食べ物が乗せられている。
しかし表情は曇りがちで
顔は少し泣き顔に近く
ひしゃげていた。


「あの、これ・・・フェイティシアさま、
何もお食べにならなかったから
私、いくつか見繕ってもってきました。」

「ちょっとなんなの貴女その表情は。」

ナイルは奇妙な生物を見たような
表情で盆を持ち運ぶライジアを
眺める。

「もうちょっと表情をこう・・・」

とまで言って、ここが領地の場内でなく
誰かに見せるための召使いの表情も必要ないのだと
ナイルは気づいて再びため息をついた。



ずいぶん慣れた習慣からは
離れがたいものらしい。



それを眺めながらフェイティシアは静かに
「この鞄をテーブルにして
その上に置いて・・・
それでライジアは、お腹いっぱい食べましたの?」


と問うた。
ライジアはくしゃっとさらに奇妙な表情をして
俯いたり、微笑んだりした後で

「あたしさっき、フェイティシアさまが
今日倒れた場所で、すごく昔に
フェイティシアさまをさらった犯人を
捕まえた場所だったんだって知りました。」

と、やっと絞り出すような声を出した。


それを聞いたナイルは「あの男、やっぱり話しちゃって」
と再びため息をつき、
フェイティシアはあまりそのことは表情には出さず
ただ微笑んでいる。

「お腹いっぱい食べたのならいいの。
あと、みんな私が攫われたころのことは
そんなに気にしなくても大丈夫ですわ。

だってとても昔の記憶で、
それももう解決しているのだし。」

そしてどこかためらいがちな二人の様子を見て
フェイティシアは


「それじゃあ、このお皿から頂こうかしら・・・」



とつぶやくと少しずつ食べ始めた。

ナイルはその様子を見て、
少しだけ安心する。
何かまだ言いたげなライジアに
「貴女も少し、食後の運動したほうが
よく眠れそうね。」

と、恐ろしい提案をし始めた。

それはすなわち、



この宿の風呂掃除



に他ならなかったが
フェイティシアの前で
どこか言葉を失っていたライジアには
かえってその提案は優しかった。


「それじゃあフェイティシア、私はとなりの
寝台で寝るから。ライジアはその隣よ。
真ん中は、ララーさん。
そのほかは男衆が勝手に決めるでしょ。」


「ナイルさまあ〜寝台の場所変えてほしいです!
私、フェイティシアさまの隣がいいですー!!

フェイティシアさまはゆっくりお休みに
なってくださいっ!
お食事がすんだら銀の盆は
あたしが、持っていきますからっ!」


鳴き声のようなライジアの言葉が
天蓋の布の向こうに掻き消えていく。

やがてもくもくと
風呂掃除をしながらライジアは
今日フォーンデルと出会った場所が
フェイティシアが誘拐された場所であり、
だからこそエルゼリオがフェイティシアの右手首に
口づけた理由と
それをナイルが見逃した理由にあると
知ることになる。


一方のフェイティシアは食事の手をとめて、
すこしだけ、ちいさなため息をついた。



旅行が始まっても、
食事をとるのは静かな自室であったころの
癖が抜けていない。

彼女が領地内でゆっくりとした時間で
食事をとることは、まま定められていた。
存外仕事に追われ
あるいはエルゼリオのそばにいると
それもいささか狂ってくることもあっても
一定の時間の休息は確保できていた。


旅ってこういうものなのかしら。


と、革のトランクの上の銀の盆を見つめながら
彼女は少しだけ不思議な笑みが沸いてくるのを
とめられずにいる。

まだこの場所にいてすら、
フェイティシアはエルゼリオが眠りにつくまでは
起きていなければと思っているし
彼の部屋があれば、
彼女が部屋を出る瞬間までは
気を抜くことはない。

それが日課だった。




だがそれも・・・?





『この旅では貴女は乳母でもないのよ。
フェイティシア。』



ナイルの言葉を反芻し、
フェイティシアはしかし、頭を横に振って
その考えを打ち消した。

やはりどこにいても、
自分が慣れた最低限の習慣は
手放せないだろう。

けれど少し柔軟に対応できるならば
この旅も快適でいられるかもしれない。


フェイティシアは盆の上のものを
少しずつ、呼吸をおいて
いつものように食べ始めた。









*********************************






「誘拐か・・・。」



フォーンデルはワインのグラスを握りながら
エルゼリオにより簡略化された
ことのあらましをきいて
つぶやいた。


「おそらく、【戦地への道】【境界市場】の付近は
身売りの女も多いと聞く。
売るためだったのかもしれないな・・・。」


「まさか。」


とは窓際のララーによるものである。



「女を売りたいなら、売人は必ずしも丁重には扱わない。
殴って気絶させて、檻に入れちゃったりもするわよ。
それをしなかったのは
そもそも売る気がないからでしょ。」


「俺もその意見が正しいと思う。」



エルゼリオはグラスのワインの赤を
灯に透かしながら答えた。


「彼女を手放せるとは思わないしな。」


「それは貴方も同じじゃない。領主様。」


ララーはふふと笑い声を漏らす。


「当然ですご婦人。」


とエルゼリオは笑顔で盃を掲げて飲み干した。

ララーはそれを見ながら
「熱烈ねー」とつぶやく。



「貴方の旅用のウソごっこ、その点は
偽らないつもりなのねえ。
【妻】とか言っちゃって。」



ララーにしてみれば
エルゼリオの
嘘偽りの身分ゆえに本心をさらけ出せる
この旅にかなり興味があっての発言である。

さぞかし本心を隠しての
領地での領主としての行動は
面倒だっただろうに、
と哀れみすら感じるのだった。

「妻ではないのは薄々感づいていた。」

フォーンデルは二人の様子を眺めながら
ため息を盛大に吐くと、
はじめてフェイティシアを見たあの場所でのことを
思い出していた。

「【長年の夫婦】という俺の旅での設定を
早々に見破るとは・・・」

と眉間に盛大なしわを寄せるエルゼリオに
ララーとフォーンデルは思わず
無言で首を横に振った。



それは、絶対嘘だとわかる、という
二人の確信によってもたらされた動きだ。


「あー、それでテーブルに横並びで座っちゃったの?
領主さ・・・じゃなかった
エリオットさま、もうちょっと
一般人的な感覚を身につけなきゃ
だめよお〜。」

ララーの言葉に、
エルゼリオは素直に「そうかな・・・」と
答えて昔を思い出しながら
再びワインを口に運んだ。

仮に【長年の夫婦】に見えなくとも
フェイティシアの横に座る
あの場所が彼にとっては一番の場所だ。
到底誰にも譲る気はない。


エルゼリオの表情から内心が理解できたララーは
窓際でワインを飲みながら苦笑した。
不思議と、領地にいたころより
彼の幼さが垣間見える。


するとフォーンデルが

「彼女はミルティリア王の傍にいても遜色ない美貌の持ち主だ。」

と、エルゼリオもよく聞いてきた
フェイティシアへの褒め言葉を
口にした。

「彼女は目立つ。メルビル子爵のこの領地なら
彼女はそうだな・・・残念ながら、
彼女ほど特別な美しさを感じる女性は
見たことがない。
メルビル子爵はそういった女たちが集う
宴などは好みではないが
それでもだ。」



それにお前も目立つ


とフォーンデルは言いそうになったが
あえて控える。
この男がメルビル城で見せた一端を
この場では殆ど見せないとはいえ
この発達した体躯は
知る者が見れば一級の戦士のものだ。

いわゆる王家に仕える騎士といえば
通るだろう。
当然ながら男にしても美貌に恵まれていると
フォーンデルはエルゼリオを見ながら
無言の観察をしている。


そういう意味では、
エルゼリオがフェイティシアとともにいるのは
非常にしっくりくる、
と考えなくもなかった。


そこまで考えてフォーンデルははたと
思い当たる言葉を口にした。

「まさか彼女はロアーダの・・・」

するとエルゼリオが今度は横に首を振る。

「彼女は俺の領地内の山岳民の出だよ。
ロアーダはリル海峡の島の人間でさえ
入ることのできない島だし。
まあ山岳民自体も、リル海峡の島の民も
ロアーダの血が混じってるって話は
聞くね。」

「じゃあエルちゃんもちょっとは混じってる?」

とのララーの言葉に
エルちゃん?と眉をひそめたエルゼリオは

「あるいは。」

と答えた。


フォーンデルもおそらくそれは
間違いないだろうと得心する。

フォーンデルがメルビル子爵のもとで
幾つか知識として知った

『山岳民とロアーダの関係から
概ね海峡付近に住まう人々は
非常に華やかな見た目をしている』

という事実を
エルゼリオもフェイティシアもほか
召使いたちも体現していた。



「では海峡の島の民とでも偽るか?」


とフォーンデルはそうそうに
淡々と旅用の身分や出などを
考えているらしい。

「海峡の島の女主人、とかねー。
あ、女主人は私。」

「???」

フォーンデルとエルゼリオはララーに顔を向けると
「やったーん女主人の両手に男二人!
これは最高の設定だわ!」


と歓喜する彼女のそばで
男二人は
「厄介なことになった」と息を飲む。


すると二階の床が少し軋み

「そのように旅の時は名乗れば良いのですね?」

と、階段を降りてくる足音ともに、
ふわりと柔らかな雰囲気で
フェイティシアが銀の盆を持って三人に近づいてきた。


儚げな、夜に咲くうす紫の花の美しさ
といった風情である。


彼女の優し気な声は
空気を浄化していく雰囲気をもって
「ほぼ旅ではその設定で決定」だと
彼女が断言しても
誰一人否定できるものはいないように思われた。

しかし次の瞬間我に返った
男二人は
「厄介な設定が確定か?」とさらに不安になる。


島の女主人がララーとすれば、
フェイティシアは彼女の召使い、
ということになる。
それを考えるとエルゼリオは
いささか不満を覚えなくもない。

できればこの旅では
彼女が誰かの召使いであることは
避けて過ごしてみたい
といった願望もあった。

当然自分の召使いであることも
避けてはみたかった。


だがそれも、自分の勝手な願望であって
フェイティシアから確かな了解を得たわけではない。


【長年の夫婦】であるなどといえば、
フェイティシアはおそらく拒否するだろうが
あるいは了解するとしても
それは

『自分が領主であり、彼女が召使いであること』

といったいつもの関係を
自覚しての了解となるのだろう。




そういった、半強制的な事は
できればしたくはない
という気持ちもエルゼリオにはある。




それは彼女が風邪で病み
倒れた後も回復してすぐに
召使いとして働き始めたことと
同じような不満だ。


彼女が考えているエルゼリオへの気持ちが
召使いという仕事のために行われている
としたら
そういった自動的な従属に
意味や心はあるのだろうか?


「ある」

と彼は思いたい。
それは彼女がかつて、彼に従うと
目の前で跪いたときからあると思っている。

そこに邪心はない。
そして彼女の望みでもあった。


だがその従属が、
一方どこかで
『彼の望んでいる彼女の態度』の邪魔をしている。



あの日、朝、寝起きのエルゼリオに
まだ体が治りかけかもわからない
フェイティシアが
銀の器をもって足を湯につけていた時の
疑問は
おそらくそういった事ではなかったか。


あの日、朝、寝起きのエルゼリオが
本来そうあるべきだと感じたのは
彼の横でまだ寝息を立てる彼女が
休息を十分にとっていること。

そして彼は
彼女を起こさないように
そっとベッドを出て、静かに食事を用意する。

召使いに用意させても構わないし、
自分で取りに行ってもいい。

そして
部屋に戻り彼女がまだ
眠っているのを確認し
彼女が起きるまでその寝顔を
確かめていること
ではなかったか。





『何が違うのかね?』


彼の脳裏にふと
香草師の老婆の言葉がよみがえった。



『その誘拐した男と、
坊ちゃんが、あの子が美しくて連れていきたいと思うこと。』




まじまじとエルゼリオは
フェイティシアを眺めながら
考えをまとめられずにいる。

ふと彼女の手元に視線をやると
盆の皿の上のものは完食されていた。

「少し休めた?フェイティシア。」

とエルゼリオがちょっと申し訳なさそうに
声をかける。
ナイルの態度は好きになれないが
フェイティシアの体調に関しては
的を得ている。

それどころか、
彼が本来フェイティシアの不調に対して
やりたかったことをナイルに先んじられた
ようにも思えた。

申し訳なく思ったのは
彼女に対してというよりも
自分の浅はかさが、
自分自身が思い描いたことを
裏切ったためかもしれない。

せめて今回ぐらいにしたいものだと
彼は自戒する。



「ええ。こちらのお食事も
とてもゆっくり頂けました。」

と彼女は安らかな表情を見せる。

彼女の笑顔に、彼の心の中の疑問は
甘く麻痺した。



彼女を領主として従わせることは
昔からの決まり事なのだから
それでもいい「はず」だ、
と彼の心の一部は囁く。


だがいつもの城で、
あるいは自室においての
二人の距離感は
この旅の、この多くの道中をともにする
幾名かの存在のために
遠くなったようにも思えた。



自室ならば、あるいは
扉を閉め
彼女の微笑みも
自分のものだけにできただろうに。



意外と旅は厄介なのかも
しれないな・・・



とエルゼリオはいつもより諦観しながら
「それならいいんだ。」
と静かにフェイティシアに微笑み返した。

それは
そばにナイルが、あるいはライジアがいたならば
今の領主様は随分おとなしいと思えるほどの
穏やかな態度だった。


すると窓際の椅子に座っていたララーが
「フェイちゃん!私女主人の役でいい〜?」
と空になったカップを振りながらせがみはじめる。

盆をテーブルに置いて一息ついたフェイティシアは
テーブルの上に何かを探しながら、

「エルゼリオ・・・ごめんなさい。エリオットさまが
それをお望みなら、私に異論はありません。」

と少し戸惑いを見せながら答える。



「エリオットでいいよ。フェイティシア。」




とエルゼリオはふとフェイティシアの言葉のはしにある
敬称を感じて提案したが

「いえ・・・。」

と、フェイティシアはそれを遮って





「それだけは、できませんわ。」






と困ったように
けれどしっかりとした語調でつぶやいた。


エルゼリオは少し眉をひそめる。
この従属的な関係を表す言葉だ、
と彼は再び心のうちを確認する。



「エリオットさまってフェイちゃんが呼ぶってことは
いとこっていうには少し立場が変わる気が
するわよねえ〜」



とララーが二人の空気を読んで
フェイティシアに考えを伝えると

「いとこでしかも年下、年下だろうな?彼女とは。」

とフォーンデルがエルゼリオに尋ねた。
実際見た目としては、ほとんどわからないくらいだが
雰囲気からフォーンデルはフェイティシアの年齢を察した。


「私は、この場ではララーさん・・・ごめんなさい、
ララーさまの召使いということで、構いません。」


とさっと答えると、銀の盆を持って扉の前で一礼し
「失礼いたします。」
といつものようにしてふわりと
部屋を出て行った。


「ララーさま。」


とニヤニヤしてフェイティシアの言葉を反芻する
ララーは、「この旅、最高すぎて罰が当たるわ。
私、この夢を長く見ていたいから、
もう寝るわね!」

と、ステップを踏みながら二階へと軽い足取りで
去っていった。


「お風呂は朝ぶろにするからー」


との声を最後に残した
ララーに、
エルゼリオは何かやるかたない気持ちに
酒を再びあおった。


「どうした?」


とのフォーンデルの問いに


「年下って言葉は今後口にするな。」


と答えて、盃をテーブルに打ち付けるように置いた
エルゼリオはフェイティシアの後を追って
部屋を出る。

その様子に、これは子爵とは別の
厄介さだ、と思うフォーンデルは
持っていた盃の酒を飲みほしていた。




**********************************





食事が終わってすぐに
好奇心旺盛なエレンガーラは
宿の間取りだの
浴室だのの位置を把握して
ぶらぶらと歩きまわっていた。


食後の運動である。



彼は野宿もしながら
エルゼリオの領地まで移動してきたので
宿というものも
なんとなく目新しく見えるのだった。

廊下も広々としていて、
ごつごつした岩から切り出した柱の支えだの
高い天井などを眺める。

一般市民的が止まる場所などは
三階建てで
比較的狭い個室であったりもしているようだと
ふらふらと観察していた。

たしかに自分たちがいる部屋は
間取りが少し異なって独立した造りなようにも見えた。


あらかた見終わったかというころ、
部屋に帰る途中の廊下で
彼は驚くべき美しい存在が
銀の盆をもって歩いてくるのを
見つけた。
不思議と周りが華やいですら見える
その女性に声をかける。


「ああーフェイティシアさん!」


思わず駆け寄って盆をむしり取った。


「ご気分いかがお過ごしですか。
少しおやすみもよいと思うの。
この盆は私が持つのです。
どこへ行くつもりなのですか。」


フェイティシアは驚くと
目の前に走ってやってきたのが
エレンガーラだと気づいて
ほっと肩をなでおろした。


見慣れぬ場所のために
少し緊張して歩いていた。


「エレンガーラさん・・・。

私、このお盆の食事はおいしくいただきましたので
できれば食後と
お休み前の飲み物を頂こう、
と思って宿の召使いの方々のところへ
行くつもりでしたの。」


フェイティシアはできるだけわかりやすく
ミルティリア語で話して見せ、
エレンガーラはそれを聞くと
なんとなく理解したらしく

「ならばわたしも、
先ほどのおいしいをいただきに
一緒に召使いのいる場所へ
行くのです。
先ほどのおいしいを
もうちょび食べたかったのです。」


と丁重にお辞儀をしながら答えた。


「おそらくその場所はこちらなのです。
わたくし先ほど、宿をたくさん動いたので
見たような気がするのです。」


「それは私もとても有り難いですわ。」

と丁重に答えたフェイティシアは
彼の隣を歩き始めた。

銀の盆を抱えたエレンガーラは
隣をあるく貴婦人の存在に
いささか手に湿り気を覚えている。

何か話すべきかと
思案しているうちに
エレンガーラはフェイティシアの方から
声をかけられた。








「ディム・レイでエルゼリオ様がいた
砦のこと、
エレンガーラ様はとてもお詳しいのですね。」









エレンガーラはその言葉に歩みをやめる。
至極まじめな表情でフェイティシアを見つめた。

が、脳内では話すべき事柄を
目が回るほど探しに探している。


「わたしがエルゼリオ君と出会った
最初の場所なのです。
牛の話は、わたしがあの場所がとても
つまらなくて
つまらなかったからエルゼリオくんから
せがんで聞いたのです。

領地のことも聞いたし、
城のことも
戦場のことも
フェイティシアさんのこともきいたです。

わたしのすごくすごく楽しみでした。」

そして、
言い切った、と息を吐くと
エレンガーラは再び歩き出した。

フェイティシアも再び歩き出す。

エレンガーラは前を見ながら



「砦は素敵な場所ではないです。
ご婦人は入ってはいけない。
あの場所は・・・・死のにおいなのです。」



と話しにくそうにつぶやく。

彼の苦い表情を横から眺めながら、
フェイティシアは好奇心で
聞くのをやめるべき事柄だと
悟った。


彼やエルゼリオがテーブルで
軽口混じりに話せるのは
生きて帰ってこれたからであり、
到底彼女には考えられない苦痛が
その裏にはあるのだろう。

フェイティシアは少しだけ俯くと
「ごめんなさい。」
と小さく謝った。

するとエレンガーラは
その言葉にびくっと体を震わせる。
そしてちょっと困ったように微笑んで
珍しくミルティリア語をやめて話し始めた。

「私は砦あの場所は忌避すべき場所だと
自覚しています。
というか、ディム・レイの忌まわしい憎しみが
産んだ施設とでも言うべきか・・・。

聖典の言葉にもある
『汝 手に余る水 飲むなかれ』。

アレは作った子爵の手には
余るものだ。
私はその場所の、
子爵にとっての
ゴミ処理担当といったところですね。」

流ちょうな言葉は、
拙いミルティリア語とは違った雰囲気を
エレンガーラに纏わせる。

フェイティシアは

「戦場というのは、どこでも
人の手に余るものを作り続けるものなのですね・・・。」

とそっと言葉を返した。




そのやり取りをしているうちに、
二人は宿の厨房にたどり着いた。

厨房内には一か所に集まって
何かを話し始めている。
今日の反省会か何かだろうか。

が、人の気配に気づくと
宿の召使い十数名が
一斉に入口に立った二人を見つめ返した。

銀の盆を持った、ちょっと手入れが
怪しい長髪を首元でしばっているが
背が高く一見柔和そうな男。

そして隣の人智を超越した
あまりにも見たことのない
美しさの女性。
その雰囲気は
不思議な波動をもって
厨房の入口が少しだけ
輝いて見えるような錯覚を覚えさせる。


宿の召使い数名は、
持っていたカップを落とし
慌てて恥ずかしそうに
拾い始める。

それを見たエレンガーラは
フェイティシアの横顔を見ながら
なんとなく宿の召使い達の
心中を自分のそれと重ねた。

「あの・・・」

とフェイティシアが声を出すと
「おおっ」
と体を少し引いて
召使い達は息をのんだ。


「食事とても、美味しく頂きました。
それで食後のお茶を私が仕える主人に
頂きたいと思いまして
この場所でその用意を
させていただければと・・・」


「主人?」
「え?あなた召使いなの?」
「いや、まさかそんな身分だなんてご冗談・・・」
「先ほどフォーンデルさまご一行の中にいた
美女ってこの人・・・」

若い宿の召使い達がざわざわと話す中
「オラオラ、さあ持ち場に戻った!」
と一人声を上げた壮年の男に
召使い達は皿だのを洗い始める。

「ご婦人、大変失礼いたしました。
こちらの食事が気に入っていただけて
私どもも嬉しゅうございます。」




「ちょっと味濃かったのもあったよ。」




と、フェイティシアの隣のエレンガーラは
特に邪気もなくニコニコと微笑みながら
すかさず一言物申した。
壮年の男の召使いはぎょっとする。

ある程度の身分をもった人間の物言いというよりは
子供のたわいない一言のようで
厨房の召使いの幾人かは
思わず噴き出した。

それを眉間にしわを寄せながら見つめる
壮年の厨房担当召使いは

「大変申し訳ございません。
数日前、この付近で豊かな水源だった河が
急な天候で突然濁りまして・・・。
そのあと、晴れたはいいのですが
山からの土砂が川に流れ込んで
川の一部をふさいでしまったのです。
『巡礼の道』への橋も一部、壊れまして。」

と近隣で噂になっていた情報を
丁寧に説明し始めた。


「そのために川の水ではなく
井戸水をと思ったのですが
このあたりの井戸はほとんど
使えるほどの水量は
出ませんで。

幾分メルビル子爵内の湖から
水を運んでいただけるよう
伝えてはいるのですが・・・
樽も運べる量も
馬車では限られておりまして・・・。」


「河と水、ないのかあ〜」


エレンガーラは渋い表情をしながら
妙な間延びした声を上げた。
半分ぐらいは
ミルティリア語がわかったらしい。

「そうでしたの・・・
それではお茶を頂くのも
遠慮させていただかなくては・・・。」


とフェイティシアがつぶやくと、
壮年の厨房担当は焦って


「いえいえ、フォーンデル様ご一行の
召使いの方にそのようなご気遣いは
ご遠慮願います。
メルビル子爵にはぜひとも
この宿で再びご滞在をしていただきたく・・・

蓄えた水はこちらにありますし
明朝、あるいは昼には湖から
運ばれてきた水が届くかと。」


「本当にご迷惑お掛けします。

あとこちらの食器の返却を。
どこかに茶器などございますか?」

フェイティシアは隣のエレンガーラが
持っている銀の盆を示すと
エレンガーラと目が合って

「それから夕食で頂いたものが
残っていたなら、ご案内頂けますか?
こちらのガーラさんが
とても気に入った品があったようで・・・

私もその作り方を
少しお聞きしたいですわ。」

と、丁寧に説明した。


すると壮年の厨房長は驚いた様子だったが
ニコニコし始める。


「それは有難うございます。
この宿で出す品は王都から
修行を積んだ者が
以前から子爵様のためにも腕によりをかけて
ふるまって参りましたので
気に入っていただけてたいへんに
たいへんに光栄です。

こちらへどうぞ。」


「たいへんに たいへんに光栄です・・・。」

盆を厨房の召使いの一人に
受け取られたエレンガーラは
さっそく聞いた言葉を使って見せた。

厨房の召使いの苦笑の声に
厨房長と思しき男が咳払いをする。


「こちらの方は、異国の方なのですか?
言葉にいささか不便なようだ・・・」

と壮年の男は眉を顰めると
じっくりと隣を歩くフェイティシアを眺めながら
尋ねた。
彼の心中は、まるで見たこともない女が
この世には存在するのだなといった
謎が渦巻いている。
一方で王族に娶られもしない「召使い?」である
ということに
眉を顰めるしかない。


「エレンガーラさんはディム・レイ出身です。
私は・・・リル海峡の島の出で。」

「リル海峡の!?」

どおりで・・・と聞き耳をたてていた
厨房の面々は納得した。

リル海峡といえば近いのは
見眼麗しい神々が住む
「神の島 ロアーダ」に違いないのだから。

「こちらが茶器の棚のようなのですが
少し見せていただいても?」


フェイティシアは少しだけ心配していた
『旅用の出自』が皆に偽りとならないか
はらはらする前に
茶器の棚へと目線をやった。

隣では皿を洗い続ける
細い腕の青年が
いましも持っていた皿を
落としそうになるほど
フェイティシアに見とれている。

厨房長はそれをフェイティシアの横で
見つけると、
「おい!手を動かせこの馬鹿たれ」
と注意し始めた。


「お前は全く。
料理も下手なくせによくこの厨房に
のこのこといるな。
ぼさっとしてる暇があったら
とっとと動くんだよ!」


厨房長は細腕の若いそばかすの青年の
頭をごつんと殴る。
青年は無言で肩をびくりとさせると
淡々と水おけに入った皿の前で
横の台に積み上げられた
まだ山積みの皿を綺麗にする
作業を再開した。

フェイティシアは横目でそれを観察すると
樽の中の水は濁りに濁っており
水が厨房に少ないことは
概ね察せられた。

皿洗いの青年が
皿をふくための布も
幾分が汚れ始めている。


「こちらの茶器などいかがですか?」


と、壮年の厨房長が棚からひどく凝った
繊細なつくりの器を取り出してくる。

「こちらは以前この宿に宿泊された
王都の貴族の方が好んで使っていた
茶器でして。
大変繊細な細工のつくりになっております。
フォーンデル様もお気に召すかと。」


という提案は、長年の厨房勤めの召使い達にしてみると
いかにも滑稽な提案だ、
と捉えられた。

というのもメルビル子爵は
ミルティリアの武将の一人とあって
大仰な心持の人物であり
繊細な茶器などよりは
砕いた岩に水を入れて飲むといった
方が正しいというのが
領地内の民的な感覚としてある。



ちなみに以前この宿に泊まった時は
木でできた簡素な器を手に取って
好んで使った、と
厨房内では騒がれた。



しかし壮年の厨房長が
この繊細な、少し金細工も入った陶器の器を
フェイティシアに差し出したのは
一種の厨房を仕切るものとしての
見栄のようなものだったか。

あるいは
彼女を含めた一行に合う器
または
彼女に似合う器をと
あえて選んだものだったか。


金細工の陶器の器は、
こころなしか埃で青白かった。


フェイティシアはそれを見ながら
少し困ったように微笑んで



「このような繊細な器をみせていただいて
大変光栄なのですけれど・・・」





と言葉を濁すと、
「あの棚のはしにある茶器一式を
見せていただきたくて・・・。」
と指さした。






厨房長が指の先にある棚の隅を
凝視すると、
ひどく古い黒ずんだ金属が
ひと揃え見える。


「手が届きそうになくて。
どこか台などあればよいのですが。」


とあたりを見回すフェイティシアは
厨房の残り物の中で
渋い顔をするエレンガーラを見つける。

彼は気に入った夕食をまだ
見つけれずにいるらしい。

そんなフェイティシアの隣で厨房長が慌てて
皿洗いの青年のもとへ移動すると
「おいお前、台を持ってこい」
と命じると
うつろな瞳の青年はちょっと頭をさげて
了解したという風に
皿を洗う手を止めた。


が、フェイティシアの

「いいえ、大丈夫ですわ。
ガーラさん!ちょっとこちらへ
来ていただけますか?」

の声で二人は静止して
銀髪の男のほうに視線をやる。

エレンガーラは突然呼ばれ、
その声の主に目を輝かせ、
好きな夕食の残り選びを中断し
すたすたとフェイティシアのそばへ
やってきた。

フェイティシアの身長に近い
皿洗いの青年と厨房長は
思わずエレンガーラを見上げる。


フェイティシアはエレンガーラに

「夕食選びの途中で申し訳ないのですけれど
あの器をとっていただきたくて。
お願いします。」

といって懇願するまなざしを送ると

「ふむ、どうぞ。」

となんなくとって見せた。

そして「わ〜あ 黒いなあ」と一言
棚の隅にあった盆を含めた茶器をみた
感想を素直に述べると、
厨房は再びどこからともなく
妙な笑い声が聞こえ始める。

なにかの金属製の器は確かに黒々として
七人分の
カップと円柱のポットを含み
エレンガーラの両手の上の盆に
鎮座していた。


「それは以前の厨房長が使っていたもので
最近はめったに使用されておりません。
他のものをご検討を。」

とあまりの汚れ具合に
現厨房長が焦り始めるが
フェイティシアは


「いえ、あと香草の蓄えてある場所に
ご案内していただきたいのです。
こちらかしら・・・」



と移動し始め、厨房長はやれやれと
天を仰いで
フェイティシアについていくと
彼女は言われるでもなく
その場所を発見した。

その間にエレンガーラは
困った顔で皿洗いの青年の横に立つと
「ごめんください」
と『ちょっと失礼』の意味で声をかけた。
そばかすの青年は
無言で少し横にどく。


エレンガーラはぼちゃん、と
無造作に濁った水の中に
汚れた茶器を沈めてみる。

濁った水を眺めながら
「水・・・すくない・・・」
とひどく切なげな声を出した。

「ではこちらの香草を頂きますわ。」

とフェイティシアはいくつかの種類の植物を
たくさん近くの籠に詰めると
厨房長は手際の良さに
声をかけることもできない。

それらの植物は
厨房の食材としては
使われないものも
かなりある。
偶々この宿に長く務める老人が
毎回意味もなく集めてきていたと思しき
薬草の類もあるようだった。

それらに何の調理法があるのか
皆目見当もつかない。


そこでフェイティシアの前を歩きながら
向かった先にいる皿洗いの青年に
「お前!残った樽の水をかき集めてこい!」
と命令すると、


「いいえ、待って。」


と突然フェイティシアの静止の声に
厨房の召使い達は思わずびくりとした。



思いのほか、強い凛とした語調だった。




フェイティシアは気にせず
少し慣れない服の腕のあたりをめくり上げると、
何故エプロンを持ってこなかったのか
自分の不手際を恥じながら
皿洗いの青年の前にある
汚れた水の入った桶の前に立った。

皿洗いの青年は驚いたが、


「これをこの中に入れてくださりますか?
少しちぎったりして。」



と香草を手渡されると
目を見開いて頷く。


かなり豊富な量の植物が樽の中に入ると
フェイティシアは躊躇なく
すらりとした白い腕を
桶の中に入れようとし、
皿洗いの青年は慌てて制止しようと
「ご婦人。ここは僕が」
とつい声をかける。

厨房長も思わず
「いいからこいつにやらせれば・・・」
などと言っている間に
フェイティシアは
エレンガーラが落とし込んだ
茶器をその中から一つ見つけた。


傍の籠の中から
片手で同じ種類の葉を見つけ
それをくしゃっとつぶすと
茶器の表面をこする。


しばらくもしないうちに濁った水に
それを浸し、
再び汚れた水から上げると
器の表面に奇妙な光が見えた。
金属の輝きに、
少し虹が帯びたような特殊なものだ。

皿洗いの青年とエレンガーラは思わず
ぎょっとしてフェイティシアの手元のカップを眺め
何があったのかと厨房長が
その様子から覗き見ると、思わず変な声を上げてしまい
つられて
厨房の召使いが一斉に注目する。

ぞろぞろと様子を見に来る足音がする間、
フェイティシアは「これを」
と片手でつぶした香草の葉と
茶器を皿洗いの青年に渡した。

フェイティシアの



「あまりこの樽の水の深くにこの器を
入れないで、表面につけて
この葉でこすってくださいますか?
撫でるようにしても、もしかしたら・・・
綺麗にとれるかも。」



の言葉に、思わず目を輝かせた
皿洗いの青年は
「はい。」とうなずいて
白いフェイティシアの手から双方のものを
受け取る。

「いいなあーやる。わたしもやるたい。」

とエレンガーラは突然見せた器の輝きに
手を差し出して
フェイティシアにせがみ始めた。

「ではこれを。」

と樽の中から彼女は違う器を取り出すと
再び籠の中から香草を取り出して
エレンガーラに手渡す。
彼らが黙々と、しかし喜々として
皿洗いを始めると、
何があったか集まってきた厨房の面々で
周りが騒がしくなった。

それから
「自分もやる」
だの
「これはなんの金属か」
だの
「先代の厨房長は何も言わなかった」
だの
「なんでこんな風に落ちるの・・・」
だの
ため息やら驚嘆が続出したため、
茶器のあるぶんをフェイティシアは手渡し、
一挙に皿洗い現場の
人口は加熱し始めた。


思わず流れで手に取って
フェイティシアの選んだ茶器を
香草でぬぐい始めた
厨房長が「これは一体どういう・・・」
と冷静に説明を求めるころ
フェイティシアは皿洗いの青年の横で


「樽の水を見て。」

と彼に声をかける。

みんなが夢中で器を洗っている間に
先ほどまで濁っていた樽の中の水が
奇妙に澄み始めていた。


「なんで!」


と、持っていた器を握った青年が
樽を驚いて眺める。
フェイティシアは同じく驚く厨房長に


「先ほど入れた香草で、
水の汚れを底へ沈めたのだけれど。
他の樽はあります?」

と声をかけ、あまりに奇妙なことが起こるので
「はい・・」と簡単な返事をしながら
ぼうっとしたまま皿用の桶を取りに行った。

部屋の隅にあった桶を転がして
やってくる。



毎日厨房の召使いに命令している時分
久々に体を動かしていた。



その様子に厨房の面々は苦笑したり
新しい輝きを見せる茶器に
目を離せないでいたりしている。


新しい桶の中に、
上澄みの水をゆっくりと杓で移し替える者。

そして移し替えた水から
大きなポットが一人の召使いの手で
濯がれると
驚くほどの輝きに厨房では妙な歓声が上がった。


「それでは、申し訳ないのですけれど
お茶を入れるお水だけは
残っているものを沸かしていただけますか?」

と、フェイティシアがポットを綺麗にした
厨房召使いに頼むと、
なんだか楽しそうに返事をした彼は
早速火にかけにいく。


皿洗いの桶の水が
隣の桶に入れ替えられたあと、
沈殿した香草だの泥は
捨てるように頼むと
フェイティシアは

「新しい皿洗いの布があれば
それを使っていただきたいのですけれど、
もし無いようでしたら、私があるものを
煮て・・・」


とまで言ったところで
厨房長が
「いえいえ、まだ多少は替えがございますので
そちらをお使いください!」
とわあわあ錯乱したように
答える。


言われるまでもなく、
厨房召使い達は自分が磨いた器を
拭いてみたくて
替えの布を数枚とって
厨房長の了解を得ずに使っていた。


「おおー。」


と、盆を含めた真新しいまでに輝いている
金属の茶器一式が
テーブルの上に揃うと
エレンガーラ含む一同は歓声を上げながら
ニコニコしながらそれを眺める。


そして何故かエレンガーラにつられて
拍手などし始めた。


「ではお湯が沸くまでの間に
私はお茶を作るために幾つか
材料を頂きたいのですけれど。
棚は・・・
こちらかしら・・・」


「なぜ何かどこにあるか
わかるんですの?」


厨房の召使いの中で最も年下と思われる
まだあどけない少女が
不思議そうにフェイティシアのそばに
やってくると尋ねた。


「この部屋に来られたのは
初めてなはずなのに・・・。」


フェイティシアは棚のにある
小瓶を見つけると
ふんわり微笑み返し

「たぶんこの香りのせいですわ。」

と、いくつか選んできた香草の乾燥したものだのの
保存してある瓶の蓋を開けた。

そして確認すると、
「これを頂きます。」
といい、磨かれた茶器の傍に置く。

さっと湯が沸いたか確認しに
火元へと急ぐ。

茶器の隣に並べられた小瓶を
見つめながら
若い厨房召使いは
ここからでも瓶の中のものの香りはしないのに、
と首をかしげている。


「フェイティシアさんは鼻が良いよう。」


とつぶやいてエレンガーラも火元に湯を見に行くと
フェイティシアはちょっと彼の顔をみて
「もう少しですわ。」
と声をかけた。

「ところでガーラさんはあの夕食のおいしいものを
探し当てましたの?」

「それがもう無いとかいう話だったのです。」

「それは残念でしたのね。」

「いや、そうではなくて、
『そもそもそんな品は入れてない』
とかいう話だったのです。」

「品がない・・・?」


そのような会話をフェイティシアが
エレンガーラとしているところ
隣に立っていた厨房召使いの一人が
何故か手をばたばたさせて
他の召使いに手信号を送っているのに
エレンガーラは奇妙な視線を送った。

手信号の送り先は茶器の傍に集まる
複数召使いだったが
召使いたちは頭を振ったりしている。


これは何かあるのかな?


とエレンガーラが目をパチパチさせて
様子を眺めている間に
フェイティシアは沸かした湯をもって
移動すると磨かれたポットに
ゆっくりと移し入れた。

そして召使い達が見守る中、
厨房にあったいくつかの香草を混ぜたものを
小皿からつまむと
茶器の一つの入れ
それから湯を注ぐ。


厨房にえもいえぬ香りが充満した。


厨房召使い達は思わず
「わあっ」と明るい声を上げる。
フェイティシアはそれを口につけ
味見をしてから少しだけ考えた表情を見せ
茶器を洗おうとした。

と、厨房の最年少召使いの少女が
「あの・・・旅の香草師のかた・・・」
とフェイティシアに声をかける。

手には何故か自前の木製の
素朴なカップがあった。
彼女は照れくさそうに

「私・・・失礼を承知でおねがいします。
私もこれ、飲んでみたい・・・です。」


フェイティシアはふんわりほほえむと

「どうぞ。こちらの厨房から材料を頂きましたし、
構いません?」

と壮年の厨房長に声をかける。
厨房長は顔をキリッとさせて

「もちろんです。」

と答えると、
何故か厨房の召使い達が顔を見合わせ
一斉にバタバタと器をとってきては
「私も」「私も」
などと騒ぎ始めた。

フェイティシアは
もう一度お湯が必要になるかしら・・・?
などと考えたが
丁寧にそれぞれのカップに注いでいく。

召使い達はそれぞれ口に含むと
「あー、こういう味・・・」
だの
「ちょっと甘い・・・?」
だの
「さわやかな感じもするかな。」
だの
「これがリル海峡の島のお茶・・・
というかフォーンデル様にもふるまわれますのね」
だの
「なんとなく、落ち着く・・・」
だのと感想を言い合いながら
「有難うございました。」
と口々にお礼を述べた。


「いえ、こちらこそ厨房の方には
いろいろ手伝っていただいて
ありがとうございます。」


とフェイティシアも頭を下げる。

エレンガーラが口をちょっととがらせながら
「はやくわたしものむたいなー」
などとせがみ始め、
茶器の盆をさっと手に取ると
「じゃあそろそろ行こうですね!
フェイティシアさん。」
とニコニコ微笑んで入口のほうへ
歩いていった。

フェイティシアも厨房の面々に
お辞儀をすると、
入口から廊下へと出る。

すると、足音がして
フェイティシアの右手首が
無造作に強く
掴まれた。


「!」


思わず振り返ると、
そこには厨房長の目を輝かせた
表情があった。






<つづく>





あとがき


このサイトはそもそも、イラストをだらだらと載せるだけのものだったのですが
当時(今現在2018年には騒がれるような古いサイトのしきたりとして)
【きりばん○○ヒット御礼】
というものがあったのでした。

このきりばんというのは、
サイトに何人アクセスしたか、という数で決まるものなのですが
(知らない人は知らないと思われる)
この小説は500人から始めたものなのでした。

それから早いもので、
何人だか訪れるごとに書いていたのですが
途中で私情などあって、
小説をかくのを2010年にはすでにやめておりました。

というか、主に絵のほうだとか
漫画を描いているほうがおもしろかっただの
この小説を書くには時世があわねーなーと
感じただの
色々あります。
それからもう8年過ぎたというわけですね。
はやいです。
光陰矢の如しというわけです。

それからサイトは移動したりだの、
本来小説だけおいとこうかだの
色々考えた末に、今のサイトのノベルの場所に
【ほとんど放置している】状態で
置いてあったのは
サイトを訪れている方のご記憶には
見慣れたことと思います。

(いや、見てない人もいると思いますね。
主に最近は絵と漫画を更新していたので)


それが漫画のほうも、現在は停止中になっており
『やれやれ、またこの作者の悪い癖が云々』
と言われてしまうと
『全くその通りで』
というわけなのですが(笑)
さる2018年8月、今年のめちゃくちゃ暑い日に
自分は毎年?やるかやらないかの適当さで
人魚の暑中見舞いを描いたあたりから
妙な事が起こったのでした。

それは最初、ツイッターにも書いたのですが
近所の男の子が自転車をひいて
車道の向かいを、兄弟(正確に言うと兄と妹)の
三人と一緒に歩いていた
ことから始まるんですね。
(『この話、長いだろ』と思った人いるでしょう)

で、彼らは普通に向かいを歩いていれば
いつもの風景だったんですが
何故か彼らがこっちにやって来まして、
うち一人が
「熱中症対策で、どうぞ」
といって、持っていたレモン味のタブレットを
何故かくれたんですね。


まずそのこと自体がええーてなもんです。


というか、当方、道を一か月に4人くらい
何故か聞かれることはあっても
見知らぬ子どもに
物をもらうことは今まで一度もなかったんですね。

で、それを自分は有り難く受け取って
食べたんですが
その数日後にこの小説の感想を
くださった方おられまして
自分はなんとなく、

『この流れはやべえ』
(超絶なるオカルト?的主観)

と思いまして


なんだこの流れ。

おもしろ・・・


と思ったのがアレだったのか
それから二か月かけて、
この小説を見直したことになります。


その感想の内容は、
この文を読まれている方は
ご存じのとおり
この小説を書き始めてからもう
十何年とたっているわけですが
その初期のころに読まれたそうで
ほんと月日が経つのは早いですね。
(あらためまして感想ありがとうございました)

読まれた方が当時小さくても
今はある程度成人になっているというわけです。


自分は時間の感覚が人より遅く感じるので
そういった事には疎いのですが
ああ〜〜〜〜〜(玉手箱?)
という感想を抱いたわけでした。


一方で小説の中では時間が止まっているのですから
それも考えてみると
おもしろいなと。
↑こういうところが小説やらなんやらを
更新しなかった悪い癖か


それでまあ、ちょっとこの小説の時間を
「ちょっとだけ」動かしてみるか、
と思い至ったので
この前編を書いていることになります。

さすがに8年はブランクがあるので
内容もフランク・・・(韻を踏んでどうする)
さがあると思うのですが
主に第一部とは違った内容に第二部は
突入しているのは
前々から決まっていたので
少し登場人物も増えて
周辺の世界も見えてくるか来ないのか・・・
といったところです。

(これ一応ファンタジー小説ですからね)

この世界の雰囲気は、『ノベル』ページの上段に置いた
世界地図の動画でなんとなく
ご理解の助けになるかと思います。



では、後編を見たいとお望みの方は
後編のあとがきでお会いいたしましょう。


2018.10.29
改めまして@plusstella






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